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東京地方裁判所 昭和39年(レ)481号 判決 1966年4月19日

控訴人(附帯被控訴人) 三森孝道

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 青柳孝

同 青柳孝夫

被控訴人(附帯控訴人) 本橋歌

右訴訟代理人弁護士 松村正康

主文

控訴人らの本件控訴はこれを棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする。

原判決は、被控訴人において控訴人両名に対し共同して金一〇万円の担保を供するときはこれを仮に執行することができる。

事実

第一、申立

一、控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の主たる請求ならびに予備的請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき、附帯控訴棄却の判決を求め、なお仮執行の宣言あるときは仮執行免脱の宣言を求めた。

二、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、原判決につき(仮に被控訴人の予備的請求が認容される場合にはその判決につき)仮執行の宣言を求めた。

第二、主張

一、被控訴代理人は請求原因及び控訴人らの抗弁に対する答弁並びに再抗弁として次のとおり述べた。

(請求原因)

(一) 被控訴人は昭和一三年二月ごろ訴外芹沢甚太郎からその所有にかかる東京都杉並区下高井戸一丁目七番の一、宅地三八五坪七勺のうち別紙物件目録第一記載の土地(以下本件土地という)を含む一一五坪(別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の各点を結ぶ直線で囲まれた部分)の土地を建物所有の目的で賃借し現にその借地権を有している。

(二) 被控訴人は昭和三三年一月二日控訴人らとの間に本件土地の使用について次のごとき内容の約束(以下本件土地使用契約という)をし、その約束の約五坪の土地を貸し渡した。

(イ) 被控訴人は、控訴人らに対し同人らが本件土地の中央部分約五坪(当時存在した被控訴人所有の物置―旧物置という―の敷地にあたる部分、別紙図面記載の附近)にその居宅を建築所有してその土地部分を期間の定めなく無償で使用することを許すこと、すなわち、被控訴人は控訴人らに対し右土地部分を期間を定めず使用貸(転貸)すること。

(ロ) 控訴人らの右土地に対する使用権原が消滅して同人らが右土地から立ち退くべき場合には、同人らは被控訴人に対し、同人らが右約五坪の土地その他本件土地上に建築所有するにいたった建物の所有権を無償で譲渡すること。

(三) 控訴人らはその後昭和三三年五月ごろまでの間に本件土地上に別紙物件目録第二記載の建物(以下本件建物という)を建築所有するにいたった。

(四) しかして、被控訴人は昭和三七年七月三一日控訴人らに対し、本件土地使用契約を解約する旨の告知をした。したがって、控訴人らの本件土地に対する使用権原は右の告知により消滅し、これにともない前記(二)(ロ)記載の約旨によって本件建物の所有権が被控訴人に移転した。

(五) しかるに控訴人らは本件建物に居住して本件建物ならびに本件土地を占有し、もって被控訴人の本件建物に対する所有権ならびに訴外芹沢甚太郎の本件土地に対する所有権を侵害し、ひいては被控訴人の本件土地に対する賃借権を侵害している。

(六) よって、被控訴人は控訴人らに対し、(イ)主たる請求として、本件建物の所有権にもとづき、あわせて本件土地に対する被控訴人の賃借権を保全するためその貸主たる訴外芹沢甚太郎の本件土地に対する所有権を代位行使して、控訴人らが本件建物から退去して本件土地を明け渡すべきことを、(ロ)仮に本件建物の所有権がいまだ被控訴人に移転していないという場合には予備的請求として、右の債権者代位権にもとづき、控訴人らが本件建物を収去して本件土地を明け渡すべきことを求めるものである。

(控訴人らの抗弁に対する答弁)

(一) 抗弁(一)記載の事実について、控訴人らがその主張のころまでの間にその主張のごとき建築ないし築造をしてその占有範囲を本件土地三〇坪の部分に拡張したこと、被控訴人が右の事実を知っていたことは認める。その余の事実はすべて否認する。控訴人らは被控訴人が異議を述べたにもかかわらずこれを無視してその占有範囲を拡張したのである。

(二) 同(二)記載の事実はすべて否認する。対価なしに無償で本件土地を使用させる約束であった。もっとも、控訴人熟子が本件土地居住後約五ヶ月間被控訴人の下宿業を手伝ってくれたことはある。しかしこれはもっぱら同人の自発的な好意にもとづくものであって、控訴人ら主張のごとき賃料支払約束があったことによるものではない。ちなみに被控訴人は控訴人熟子に対し、右の好意に対する謝礼として金五〇〇〇円を贈与しているほどである。なお、また、控訴人孝道が被控訴人所有家屋の修理修繕を数回行ったことがあるけれども、これは本件土地使用契約とは無関係にまったく別個の契約にもとづいて行われたもので被控訴人はその都度孝道に対しその報酬を支払っている。また、控訴人ら主張の建物譲渡約束は、控訴人らが本件土地を明け渡すさいに、その土地上の建物を収去することの煩をさけるための便宜からしたものであって、賃料支払約束の趣旨でなされたものではない。

(三) 同(三)記載の事実について、本件土地の賃料相当額が一ヶ月金二二〇円であることを認める。その余の事実は否認する。本件土地の使用目的はむしろ次のごときものであった。すなわち、控訴人熟子は昭和三二年一二月末突然その子供二人をともなって甲府市から上京し、被控訴人に対し「長男を東京に就職させるための便宜もあって一家をあげて東京に移住したいが、いまのところ移転先が見つからずに困っている。早急に他に移転先をさがし求めるがそれまでのあいだしばらく被控訴人方に寄寓させてほしい」旨懇請したが、当時被控訴人の住家は余裕なく同居は困難であった。しかし被控訴人は控訴人らとは近親の間柄(控訴人熟子は被控訴人の実妹であり、夫なる控訴人孝道も被控訴人といとこの関係にある)にあることでもあり、控訴人らに同情して、たまたま当時被控訴人の借地のうちその所有の旧物置の部分が空いていたことから、さいわい大工職人である控訴人孝道において右物置を改築することにすれば費用もかからず容易に控訴人らの一時的な住居の用に供しうるものと考え、双方が右の了解のもとに本件土地使用契約をしたものである。されば、本件土地の使用目的は、控訴人らが他に移転先をさがし求めるまでのあいだのたんなる一時的な居所として使用することにあったというべきである。しかして、前記解約告知の当時にはすでに右契約の日から四年半以上も経過していたのであるから、右の使用目的を達するのには十分な期間が経過していたというべきである。仮にしからずとしても、被控訴人は本訴を提起することにより控訴人らに対しひきつづき解約告知を継続しているものであるところ、少なくとも本件口頭弁論終結当時の時点においては前記使用目的を達するに十分な期間が経過している。

(四) 同(四)記載の事実はすべて否認する。控訴人らこそ、被控訴人が女世帯であることをよいことにして同女に対し種々の脅迫または暴力行為をなし、本件土地の不法占拠を継続しているものである。

(再抗弁)

(一)、仮に本件土地使用契約が賃貸借契約であるとしても、その賃貸借は、前記のごとき事情にもとづいて締結されたところの、一時使用を目的とする賃貸借である。したがって、右賃貸借契約は前記解約告知により、その告知の日から一年を経過した昭和三八年七月三一日をもって終了した。

(二)、また、前記のとおり、控訴人らは本件土地使用契約に定めた使用範囲をほしいままに拡張して本件土地を使用している。これは、本件土地使用契約上の債務不履行(用法違反)である。したがって、被控訴人は本訴提起により控訴人らに対し、右違反行為の差止を催告したうえ、右用法違反を理由として本件土地使用契約を解除する旨の意思表示をした。したがって、本件土地使用契約が賃貸借であると使用貸借であるとにかかわらず、右解除によって控訴人らの本件土地に対する使用権原は消滅した。

(三)、仮に以上の主張が認められない場合には、次のように主張する。すなわち、前記のところからあきらかなとおり、被控訴人は控訴人ら主張の労務の提供ないし建物所有権の給付が本件土地使用の対価たる意義を有しないもの、すなわち本件土地使用契約はたんなる使用貸借契約であり、しかもその目的物の返還期限の定めも使用目的についての定めもない(仮に使用目的についての定めがあったとしても、その目的は前記のごときたんなる一時的な使用を目的とする)使用貸借であると信じて本件土地使用契約を締結したものである。したがって、もし本件土地使用契約が控訴人ら主張のような内容を有するものであったとすれば、被控訴人の右契約締結の意思表示は、その重要な部分において錯誤があったことになる。よって、本件土地使用契約は無効であるから控訴人らは本件土地につきそもそもその主張の権利を取得していなかったものである。

二、控訴人ら代理人は答弁及び抗弁並びに再抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

(請求原因に対する答弁)

(一)、請求原因(一)記載の事実は認める。

(二)、同(二)記載の事実について、控訴人らが被控訴人からその主張の日にその主張の土地部分を居宅建築のために、かつ、その主張の(ロ)記載の約束のもとに借り受けたことは認める。その余は否認する。本件土地使用契約は後記のとおり賃貸借契約であってたんなる使用貸借契約ではない。

(三)、同(三)記載の事実は認める。

(四)、同(四)記載の事実について、被控訴人主張の日にその主張の解約告知がなされたことは認める。その余は争う。

(五)、同(五)記載の事実について、控訴人らが本件建物に居住して、本件建物ならびに本件土地を占有していることは認める。その余は争う。

(抗弁)

(一)、本件土地使用契約によって控訴人らが被控訴人から借り受けた土地の範囲は当初は本件土地のうちその中央部分約五坪にすぎなかったが、その後昭和三三年五月ごろまでの間に被控訴人と控訴人らの合意によって本件土地三〇坪の部分に拡張変更された。仮に被控訴人が右範囲の拡張につき明示の承諾を与えなかったとしても、昭和三三年五月ごろまでの間において、控訴人らがその都度被控訴人に連絡して本件土地のうち別紙図面記載の部分に建坪七坪の居宅(別紙物件目録第二ノ一記載の建物)を、またおよびの部分にそれぞれ物置(同目録第二ノ二記載の建物)を建築し、さらにの部分には井戸を築造するなどして、もって本件土地三〇坪の部分を全部占有使用するにいたったのに対し、被控訴人は近隣に居住して右の事実を知りながらなんら異議を述べなかったばかりでなく、かえって右築造のさいにはその現場にしばしば来てその築造につき種々指示を与えるなど、右占有範囲の拡張を容認する態度をとっていたものであるから、これによって黙示的に右使用範囲の拡張変更に承諾を与えたというべきである。したがって、本件土地使用契約の目的物の範囲は本件土地三〇坪の部分全部に及ぶものである。

(二)、しかして、本件土地使用契約は賃貸借契約である。すなわち、本件土地使用契約にさいしては、控訴人らの被控訴人との間に次のごとき賃料支払約束があった。

(イ) 控訴人らが本件土地に居住する期間中は、本件土地使用の対価たる賃料の支払として、被控訴人に対し、控訴人熟子において被控訴人の経営する下宿業の手伝のために継続して労務を提供し、また、大工である控訴人孝道において随時被控訴人の求めに応じてその所有家屋の修理修繕のための労務を提供すること。

(ロ) 控訴人らは被控訴人に対し、請求原因(二)(ロ)記載の約束どおり、控訴人らが建築所有するにいたった建物の所有権を無償で譲渡することとするが、これは右の労務提供とあいまって、本件土地使用の対価たる賃料の支払の趣旨で給付するものであること。

かように、本件土地使用契約は賃貸借契約であるから、被控訴人主張の解約告知によっては当然には終了しない。よって、控訴人らは被控訴人に対し現に本件土地の賃借権を有しており、したがってまた本件建物の所有権もいまだ被控訴人に移転していない。

(三)、仮に、本件土地使用契約が使用貸借契約であるとしても、その使用目的につき次のごとき定めがあった。すなわち、前記のとおり、控訴人らが本件土地から立ち退くべきときは同人らが本件土地上に建築所有するにいたった建物の所有権を無償で被控訴人に譲渡すべき旨の約束がなされていたが、これは、控訴人らが本来ならば被控訴人に支払うべき地代に相当するものとして残存建物をそのまま被控訴人に贈与しようとする趣旨に出たものであり、その趣旨は双方互いに了解していたところであった。されば、本件土地の使用目的は、控訴人らが本件土地を使用した期間の地代相当額の合計が本件建物の時価相当額にほぼ一致するにいたるまでのあいだ控訴人らが本件土地に居住することにあったと解すべきであり、本件土地使用契約においてはその使用目的を右のように定めてあったというべきである。しかるところ、本件土地の地代相当額は一ヶ月金二二〇円であって、本件土地使用契約の日から被控訴人がその解約告知をした昭和三七年七月末日当時までの間の地代相当額の合計は本件建物の時価相当額をはるかに下回るものである。このことは本件口頭弁論終結当時においても同様である。されば、右解約告知の当時においてはもちろん、本件口頭弁論終結当時においてもいまだ前記の使用目的は達成されておらず、かつ、それを達成するのに十分な期間も経過していない。したがって、被控訴人主張の解約告知は無効である。よって、控訴人らは被控訴人に対し、現に本件土地の使用借権を有しており、したがってまた本件建物の所有権もいまだ被控訴人に移転していない。

(四)、仮に以上の主張が認められないとしても、被控訴人の本訴請求は信義則に反し権利の濫用であるから許されない。すなわち、控訴人らは被控訴人と近親の間柄にあることから、下宿業に多忙な被控訴人を手助けするための便宜もあってはるばる甲府市から本件土地に移住したものである。そして現に控訴人熟子は被控訴人から故なく断わられるまで約五ヶ月もの間無償で同人の手伝をし、また、控訴人孝道も被控訴人の求めに応じて同人所有家屋の修理修繕をするなど、被控訴人に対し好意を尽くしてきた。しかるに被控訴人は、控訴人らの親族として互いに協力扶助すべき義務があるにもかかわらず、控訴人らが本件土地に移住後まもなく、ささいなことから控訴人らと感情の対立をおこし、控訴人らが多大の費用を投じて本件建物を建築し、ようやく新生活を始めたばかりであるのに控訴人らに対し自ら、または他人を介してしつように明渡を求めて多大の苦痛を与えて今日にいたった。また、被控訴人は本件土地以外になお八〇坪にもおよぶ借地を有し、同所に建物を所有して下宿業を営み、住居も安定し、生活にも余裕があるのであるから、あえて控訴人らに対し本件土地建物の明渡を求める必要がないのである。にもかかわらず、控訴人らから本件土地建物の明渡をうけることによって利得をはかろうと計画して本訴請求に及んでいるものである。他方、控訴人らは本件土地建物を唯一の生活のよりどころとしているものであるが、現在の地価ないし家賃高騰の状況下においては、他に生活の本拠を求めることがなかなか困難である。かような状況のもとにおいて控訴人らに対し本件土地建物の明渡を求める被控訴人の本訴請求は、信義則に反するものというべく、権利の濫用であるから許されないものである。

(再抗弁に対する答弁)

(一)、再抗弁(一)記載の事実は、その主張の解約告知のあった点を除き、否認する。

(二)、同(二)記載の事実については、被控訴人主張のごとき催告ならびに解除の意思表示があったことを認める。その余の事実は否認する。

前記のとおり、控訴人らは被控訴人の承諾を得てその使用範囲を拡張したものであるから、その主張のごとき用法違反はなかった。

(三)、同(三)記載の事実はすべて否認する。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、別紙物件目録第一記載の土地(本件土地)が、訴外芹沢甚太郎の所有に属し、同人から被控訴人が賃借して現に借地権を有している土地の一部であること、控訴人らが本件土地上に存在する同目録第二記載の本件建物に居住し、もって本件土地ならびに本件建物を占有していることは当事者間に争いがない。

二、そこでまず、控訴人らが被控訴人に対し本件土地を占有する権原を有しているかどうかについて検討する。

(一)  被控訴人が昭和三三年一月二日控訴人らとの間に本件土地使用契約を締結して本件土地のうちその中央部分約五坪(当時存在した被控訴人所有の旧物置の敷地にあたる別紙図面記載の附近)を控訴人らがその居宅を建築所有するための敷地として貸し渡したこと、その後昭和三三年五月ごろまでの間において控訴人らが、当初借り受けた右約五坪の範囲をこえて別紙図面記載の部分に建坪七坪の居宅(別紙物件目録第二ノ一の建物)を、の部分にそれぞれ物置(同目録第二ノ二の建物)を建築し、さらにの部分に井戸を築造するなどして本件土地三〇坪の部分を全部占有使用するにいたったことは当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫に弁論の全趣旨をあわせると、控訴人らが右のごとく本件土地三〇坪の部分に居宅物置井戸などを築造してこれを全部占有使用するにいたったのに対し、被控訴人は隣地に居住して右使用範囲の拡張の実況をつぶさに見分しながらそのさいそのことについてはなんらの異議ものべなかったばかりでなく、かえって右築造の現場に臨んで控訴人らに対しその築造の方法について指示を与えるなど、あたかも右使用範囲の拡張を許容する態度をとっていたことが認められ、この事実によれば、被控訴人は控訴人らに対し同人らがその使用範囲を当初の約五坪から右のとおり本件土地三〇坪の部分に拡張変更することに同意を与えていたものと推認される。以上の認定をくつがえすにたる証拠がない。以上の事実によると、それが使用貸借か賃貸借であるかの点はしばらくおくとして、本件土地使用契約によって控訴人らが被控訴人から借り受け、その使用を許された土地の範囲は本件土地三〇坪の部分全部であることは明らかである。

(二)  そこで次に、本件土地使用契約が賃貸借契約であるか、それとも使用貸借契約であるかの点について判断する。≪証拠省略≫に弁論の全趣旨をあわせると、本件土地使用契約締結のいきさつを次のように認めることができる。すなわち、控訴人孝道は以前東京で建築業を営み、今次戦時中その妻である控訴人熟子とともに一家をあげて甲府市に疎開し、以来同所で右の営業をしていたものであるが、妻熟子の強い希望などもあって、甲府市の住居をひきはらい東京近辺にあらたに土地をさがし求めてそこに再移住し、そこで営業を行いあわせてその長男を東京近辺に就職させることを考えていた。そして、昭和三二年末ごろ熟子が上京して東京在住の同女の実姉でかつ孝道ともいとこの間柄にある被控訴人に右の希望を告げて相談したところ、被控訴人の居宅には控訴人らを同居させるだけの余裕はなかったけれども、たまたまその借地上の一隅に存在した旧物置が空いており、もし控訴人らがその負担において右物置を改築するのならば被控訴人もこれを控訴人らが他に所期の移転先を見つけるまでの暫定的な住居として提供してもよいとの意向があり、その間しばらく熟子が当時被控訴人の経営する下宿業の手助けをすることができれば被控訴人にとっても好都合な事情にあることが判明した。そこで控訴人らは、その長男が東京に就職することにきまったのを機会に、ひとまず上京して右のような方策に出ることとし、同年一二月末ごろ、甲府市の住居をひきはらい一家をあげて被控訴人をたよって上京し、そのもとに身を寄せた。控訴人らはそのうえであらためて被控訴人に懇請してその好意により、昭和三三年一月二日その所有の旧物置を控訴人孝道の手によって適宜改築してこれを同人らが所期の移転先をさがし求めるまでの暫時の住居にあてる約束のもとに、とくに期限を定めず、被控訴人から本件土地の一部を借り受けることになったものである。しかして、被控訴人は、控訴人らとは前記のごとき近親の間柄にあり、しかも同人らの本件土地使用の目的が右のごとく他に移転先をみつけるまでのたんなる一時的な使用をするにすぎないことにあったことなどから、同人らから格別本件土地使用の対価の支払をうける意図はなく、本件土地使用契約にあたってもとくに賃料支払についての約束はしなかった。かように認めることができ、この認定をくつがえすにたる証拠がない。

もっとも、本件土地使用契約において、控訴人らが被控訴人に対し、将来控訴人らの本件土地に対する使用権原が消滅して同人らが本件土地から立ち退くべきときは同人らがその土地上に建築所有するにいたった建物を無償で贈与する旨の約束をしたことは当事者間に争いがなく、また≪証拠省略≫によると、そのさい、控訴人熟子が被控訴人の営む下宿業の手伝をすること、ならびに同孝道は被控訴人の求めに応じてその所有家屋の修理修繕をすることをそれぞれ約束したことが認められるところ、控訴人らは、右建物譲渡ならびに労務提供の約束はいずれも本件土地使用の対価としてこれを給付する趣旨で約束したものであると主張する。しかし、前記認定の事実に≪証拠省略≫と本件口頭弁論の全趣旨をあわせると、右建物についての譲渡約束は、もともとこれら建築されるべき建物は前記の土地使用目的からみて大したものではないことを前提として控訴人らが本件土地を立ち退くさいにはその建物は同人らにとってはもはや不必要のものであり、またこれをとりこわして木材としてもそれに要する手数のわりにさしたる利用価値がないのに比し、隣地に居住して本件土地の借地権を有する被控訴人にとってはそのまま自己のために利用すればいくらか役に立つものであり、かたがた本件土地についての被控訴人の好意に対する控訴人らの感謝の気持の表明ともなり、あわせて、将来控訴人らが本件土地を立ち退くさいに被控訴人との間にその建物の収去等をめぐってめんどうな問題も生じないですむという考慮から、もっぱらその趣旨でなされたものでありそれ以上の意味はなく、また、熟子の労務提供約束は同女が被控訴人の多忙な様子をみて妹としてこれをたすけ、あわせて被控訴人の好意に対する謝意を表明する趣旨から熟子が自発的に申し出てこれをしたものであり、現に熟子の手伝に対してはその後被控訴人もまた随時これをねぎらってもいるのであって、さらに孝道の被控訴人に対する家屋修繕約束は、孝道が建築業を営む者であったことから、本件土地使用契約とは別個に、その営業として別に賃金ないし報酬をもらう約束のもとにこれをしたものであって、以上いずれも本件土地使用の対価の支払としての意義をもたせる趣旨でしたものではないと認められる。以上の認定をくつがえすに足る証拠がない。

以上のとおり、本件土地使用契約にはその使用の対価支払の約束はなかったのであるから、結局それは賃貸借契約ではなくてたんなる使用貸借契約にすぎないものであると認めるのが相当である。

(三)  そこで、さらにすすんで、本件土地使用契約が終了したかどうかについて判断する。本件土地使用契約締結のいきさつについてさきに認定した事実からすると、本件土地使用契約においては、その目的物の返還期限の定めはなかったけれども、その使用目的は控訴人らがあらたな移転先として東京近辺においてその一家が居住しかつ孝道がその営業たる建築業を営むための土地家屋をさがし求めるために、それまでのあいだの暫定的な仮住居を建築して居住するためとする旨の定めがあったものと認めるのが相当である。控訴人らは右土地使用の目的は、本件土地の地代相当額の合計が残存建物の時価にほぼ一致するにいたるまでのあいだ控訴人らをして本件土地を使用せしめることにあったと主張するが、さきに認定した事情にてらして、とうていこれを認め難いところである。しかして、≪証拠省略≫によれば控訴人らはいまだその移転先をうるにいたらないことがうかがわれ、その点では前記の使用目的は必ずしもまだ達成したとはいいえない。しかし、被控訴人が控訴人らに対し本件土地使用契約の解約告知をした昭和三七年七月三一日(その日に被控訴人が右解約告知をしたことは当事者間に争いがない)当時にはすでに控訴人らが本件土地の使用を開始してから四年半以上もの期間が経過しているのであり、諸般の事情にてらして、この期間は控訴人らがその所期の移転先をさがし求め、これに移転するために要すべき期間としては十分なものであったというべきであるから本件土地使用契約において定められたその使用目的を達成するに足るべき相当期間が経過していたというべきである。したがって本件土地使用契約は被控訴人のした前記解約告知によって終了したものであり、控訴人らはもはや本件土地を占有する権原を有しないものというべきである。

三、次に、本件建物の所有権の帰属等について判断する。本件土地使用契約において、控訴人らと被控訴人との間に、「控訴人らの本件土地に対する使用権原が消滅したときは、控訴人らは本件土地に建築所有するにいたった建物の所有権を無償で被控訴人に譲渡する。」旨の約束がなされていたことはさきにのべたとおりであるところ、右にのべたとおり控訴人らの本件土地に対する使用権原はすでに消滅したのであるから、右の約束にしたがって、控訴人らが本件土地上に建築所有するにいたった本件建物の所有権は右使用権原の消滅とともに被控訴人に移転したことは明らかである。これに対し控訴人らが被控訴人に対しなんらか右建物を占有する権原を有することはその主張立証しないところである。

四、しからば控訴人らはなんらの権原もなくして本件建物および本件土地を占有しているものというべく、被控訴人はその取得した本件建物の所有権にもとづき、また本件土地に対する賃借権を保全するためその貸主たる訴外芹沢甚太郎に代位してその所有権にもとづき、控訴人らに対し、本件建物からの退去ならびに本件土地の明渡を請求しうべきものというべきである。

五、控訴人らは、被控訴人が右の権利を行使するのは信義則に反し権利の濫用であると主張する。しかし、さきに認定したところからあきらかなように、もともと、控訴人らは前記のごときいきさつから、他に所期の移転先をさがし求めるまでの間のたんなる一時的な住居として使用する約束のもとに、その近親者たる被控訴人に懇請して、同人からその好意によって無償で本件土地を借り受けたものであった。そして、控訴人らはいまだ、移転先をさがし求めるという所期の目的を達成してはいないけれども、被控訴人が解約告知して本件土地の返還を請求した昭和三七年七月末日当時までにおいてすでに四年半以上もの期間本件土地を使用し、その目的を達成するのに十分な期間を経過していたものであり、むしろこのような長期に及ぶことは当初本件土地使用契約において当事者間に予想されていたものをはるかに越えるものとすらみるべきものである。にもかかわらず、控訴人らは被控訴人の返還請求に応ぜず、その後も本件土地の使用収益をつづけ、本件口頭弁論終結当時においては、さらに右解約告知のときからすでに三年有余、当初の契約のときからは実に七年半以上も無償で本件土地の使用収益をつづけているのであり、結果的には被控訴人の犠牲において、予期以上の利益を得たことになるのである。以上のことをあわせ考えると、仮に控訴人主張のごとき事情があるとしても、控訴人らに対し本件土地建物の返還を求めるのは被控訴人にとって正に正当な権利行使というべく、控訴人らはこれを拒否しえないものと解するのが相当である。その他に被控訴人の本訴請求が特に信義則に反し権利の濫用であるとする事情を認めるに足る証拠はない。よって、控訴人らの右主張は採用できない。

六、しからば控訴人らに対し、本件建物からの退去ならびに本件土地の明渡を求める被控訴人の主たる請求は理由があり、これを認容した原判決は結局相当であって、控訴人らの本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとする。なお原判決には仮執行の宣言を付するのが相当であるから、これを求める被控訴人の附帯控訴を認容して原判決に仮執行の宣言を付することにし、仮執行免脱の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 篠原幾馬 渡辺忠嗣)

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